楽しかったんだ、ということ

ツレに会ってまず事情を説明し、同意書を見てもらい、

配偶者として同意する旨のサインを頼んだ。

そういった業務連絡を淡々と行ったところで

短い妊娠生活をふたりで振り返った。

いろんな話が出たんだけど、このひとことにつきる。

「短い間だったけど、楽しかったよなあ」

ツレのそのひとことで、多分、この日いちばん泣いた。

 

 

お腹のなかにもうひとりいるというあの感覚は、ことばにできない。

いろんな希望がつまっていて、それがすごく幸せで、楽しいなあ、と。

ただ、それは奇跡の積み重ねでしかなく、

こうやって終わりを迎えてしまうこともあるんだと。

そして、今はそれを受け入れるしかないんだ、と。


「『あ、いっけね!』って忘れ物取りに行っちゃったんだよ、

 うっかりさんだよなあ」

ツレがそんなことをいつもと変わらない調子で言ってくれて、

少しだけなんとなく荷が下りたような気分になり、笑いながら泣いた。

セカンドオピニオン考えてる?」

正直全くその考えはなかった。

胎のうの中でゆらゆら動くというより何かに流されているあのさまから

あの胎芽が生きているという実感がまるでなかったのだから。

その点で思った以上にドライな自分に驚きつつ、

一方でいつかまた、可能性がゼロになる前にリトライすべく

勇気を少しずつ貯めていこうとしてる自分にも驚いた。

「考えてない」

「わかった。あなたがそう言うならサインしましょう」

今回の子どもにこっそりひっそり名前をつけ、

落ち着いたら供養に行こうという話をしながらときどき泣いた後、

数日後に予約した手術の際必要だというので夜用ナプキンを買って帰宅。

帰宅後、実はいつも以上に激しく空腹と気付き昼食をとったが、

泣くほどショックなことが起こっているくせに意外なくらい普通に食べていた。

どんなにショックなことがあってもお腹は空くんだなあ、と

自分が生きていることをまさかこんな形で実感することになるとは。