出産前日

41週をすぎたところで予約どおりに検診を受けるため

今思うとびっくりするくらい気楽に家を出てしまっていた。

この日の診察を受けた後、翌日から入院し陣痛促進剤を投与して

出産するんだ、という心づもりはすでにできていた。

 

 

いつものように電車と地下鉄を乗り継いで病院に向かい、

いつものように受付を済ませ血圧と体重を測り検尿し

いつものように赤ちゃんの心拍を測るためセンサーをお腹につけた。

 

そうしたら『ピーーーーー』と今まで聞いたことない音、

正確にはドラマかなにかで聞いたことならある音。

縁起でもないが、病院で息をひきとるシーンなどで

聞いたことのある音...だとすれば中のひとの心拍が止まった!?

と考えてるうちに、機械を取りつけた若い女性ではなく

いかにもベテランという威厳のある雰囲気の女性が急いでやってきて

お腹につけたセンサーの位置を直してくれた。

私の動揺が見えていたんだろう、落ち着いた声で静かに

「大丈夫ですよ」

と何事もないように言ってくれたが動揺は収まらず、

直したセンサーが再び中のひとの心音を捉えてからも胸が痛かった。

そこからしばらくの間、再び長い音が鳴ることはなく計測終了。

ただ、その結果を受けて診察室に入るなり医師からは

『もともと明日から入院予定でしたがもう今日から入院しましょう』

とひとこと。どうしても今日からですか?と一応尋ねると

医師は丁寧に説明してくれた。

『先ほどの計測結果、一時的にではあるが赤ちゃんの心拍が低下していた、

 赤ちゃんがお腹のなかで苦しんでたということ。

 原因はへその緒が巻きついたり羊水不足などいろいろ考えられる。

 もともとあすから入院予定だったが、万が一今晩赤ちゃんの心拍が

 下がるなんてことがあったときに元気に産まれる保証はない。

 ひとまず今からエコーと内診で様子は見るが

 念のため今晩から入院し、赤ちゃんの心拍計測も継続して行いたい』

お腹からエコーをあて、心臓がいつも通り動いてることを確認。

また、内診したところ特に異常らしき異常はないとも確認。

説明どおり急遽この日からの入院として手続きと

万が一帝王切開となったとき必要だと採血・心電図・レントゲンを実施。

その合間に入院手続きなどでいろんな書類にサインしたりと慌ただしいなか、

家に帰れなくなったことをツレに報告。

彼は夜勤前で寝ていたにも関わらず冷静に話を聞いてくれた。

おそらく10年前の息子のときもいきなり破水して入院して、という

流れがあったからだと思うがありがたい。

入院に必要なものたちはすでにカバンに詰めてあったので

それをすぐ持ってきてくれるとも言ってくれた。これまたありがたい。

息子にも電話を変わってもらい、今日からいきなりかあちゃん入院と説明すると

がんばって!と励ましのことばが真っ先に出てきた。

自分不在でとうちゃんも夜勤だからひとりで眠って起きて、

という日々が待ってるというのに。

このへんはツレに似たのかな。これまたありがたい。

あなたもがんばるのよ、と息子にエールを送り、電話を切った。

 

なんだかんだで手続き等を終え、日が暮れた後に陣痛室に連れられ、

昼と同じ胎児の心拍計測のセンサーをつけられた。

しばらく横になってたところにでっかいカバンを持ったツレ到着。

カバンを受け取り、動画で『かあちゃんがんばってねー!』と

息子の声を聞き思わず泣いた。

泣いたまんまで返事の動画を撮られてしまった。不覚だ。

中のひとの心拍は問題なく、そのまま夕食とってから一旦一般病棟に移動。

夜中と翌朝早くにも同じセンサーをつけての計測があるときき、

不安ばかり募る。

おかげで血圧は高いままだしなにより眠れない。

動揺が隠せないというか、ゴミを捨てようと病棟内をうろついていたら

出ちゃいけない自動ドアから出てしまったのか閉め出されてしまって、

慌ててインターホンに話しかけ自動ドアを開けてしまうという

ヘマまでやらかした。情けない。

 

息子が心配だ。本当だったら次の日からひとりぼっちになる予定が

1日早まってしまった。

それもかあちゃんの体調管理が甘かったからかも知れない

...と思うとやりきれない。

 

中のひとのことも心配だ。彼か彼女かわからないけど

腹のなかで苦しめてしまった。

あのピー音のときが初めてなのか、実は何度も同じことが起こってて

何か影響が出ていたりしないか。

万が一何かあるようなら、それもまたかあちゃんの体調管理が

甘かったからかも知れないなんて思うと泣きそうになる。

 

ただ、今は中のひとをこの世に無事に送り出しすくすく育ってくれるように、

またその手助けを自分の手でできますようにと祈るばかりだ。